動物の地形の英霊(犬)を背負った少年の体験した不思議な物語 小説


 

 



解明企画


ポチよ泣かないで

もくじ

英霊ポチの悲願は「ウスとキネ」…少年を導き
閃きの宝を生む訓練は
天地両界の共通課題

 

 

      ひらめく
     


この講座はまず真理のカギとなる
二冊の小説を読んで頂くことから始まります。
(少年の幼少体験を描いた
小説@
その伯母シマが残した
自叙伝小説A
少年の心と同化しながら
歴史的封印を
解いていく「放浪の旅」へと誘います。

暗闇を彷徨いながら失った言葉の意味
英霊の残した課題先祖の家訓まで
次々起こる課題
少年と共に隠れた
「封印の謎」を解いて頂くという趣旨です。
人生観を変える内容となるか
本物の
「心の宝」を求めている方は学んで下さい。

  
ポチよ泣かないで 
T 少年時代

 

 

ポチよ泣かないで 
T 少年時代
   ほのぼの童子 / 田口紀生

。 「遠路の果てに」 前・後編 田口正神 
        
「 田口家と私  自叙伝 山下 シマ 



 

    風の記憶


 昭和二九年犬の地形の前足にあたる小さな海岸沿いの村に「今井 まことまこと)」という男の子が生まれた。まことは物心がつくようになると長男紀生(のりお)のあとを追ってヨチヨチと歩くようになった。九歳年上ののりおそんなが可愛くなって(いい遊び相手になるぞ…。)と思い始めていた。 やがてまことが六歳になった時彼の未来を暗闇に引きずっていくきっかけとなるある不思議な事件が起こった。

 その日は足元から底冷えする寒い日曜日の朝だった。「のりおー!。」 母チカがよそゆきの着物に着替えて二階に上がってきた。

 

 

 階段を上がって左側は姑(祖母ゼン)の部屋で右側は長男のりおの部屋であった。「のりおー母さんは出かけるからね。あとを頼んだよ。」「…うーん。」 チカふと振り返ると末っ子(まこと)ゼンのタンスの前にポツンと座っていた。

 
「あら?。」 チカまことの様子がおかしいのに気がついてしばらく見つめた。「おかしかねー…。ほらのりおちょっと見なさい。」「…うーん?。…あ!。」 のりおが覗き込むように見るといつもはゼンの部屋で元気に遊んでいる筈のまこと歯をガチガチさせ体がブルブルと小刻みに震えていた。「のりおあんたまことが寒がっとるから火をおこして「あんか」入れてあげなさい。」「…うん。」 チカのりおに細かく指示して頼むとすぐ出かけていった。


 
まことちょっと待ってろよ。」「…うん。」 のりお押入れの前に敷布団を敷いた。その上陶器製の(あんか)を静かに置くといそいそと階段を降りていった。

 裏庭に七輪を出し
風呂の炊き口に置いてある炭壷から炭を移してをつけた。たちまち寒空にモクモクと煙があがった。
 
「うー寒い。」 のりお力強くパタパタと(うちわ)あおいで炭火をおこした。

 やがてのりおジュウノウに赤い炭火を入れて持ってきた。陶器製の(あんか)の中心に炭火を丁寧に移すと上から掛布団をかけた。「よし出来たぞ。さあまこと入れ!。」 まこと布団に滑りこむように潜り込むとすぐ安らかな表情になった。 それを見届けたのりおすっかり安心して襖を閉めて隣の自分の部屋で勉強を始めた。 


 

 

 しばらくして体がぬくもってきたのかまことは心地よい幸せを感じていた。布団から顔だけ出してぼんやりと天井を見て空想にふけっていた。 誰かに見られているような気配がしてふと左の床の間に視線を向けるとそこには一枚の遺影写真が台の上に立てかけてあった。

 十六歳で
満州に出征した叔父(芳喜)の兵隊姿があった。悲しげな目でまことを見つめ何かを強く訴えかけていた。(何だろう?。)その意思を探ろうとしばらく兵士の目を見つめていたが突然胸をかきむしりたくなるような激しい胸騒ぎに襲われた。険しい茨(イバラ)のような心に支配された時写真の兵士がフワッと動いたような気がした。(あっ…。)

 
まこと恐ろしくなり咄嗟に目を背けて布団をかぶった。 だが写真から抜け出して来た英霊布団に隠れた自分を上から静かに見下ろしている気配があった。布団からはまことの頭の毛が少しはみ出ていた。英霊は静かにその傍に腰を降ろした。まことは髪の毛を触られる気配を感じた瞬間はじけるように布団の奥の方に潜り込み必死に布団の隙間を塞いだ。

 

 

 炭火の入った陶器製の(あんか)を強く抱いて丸まり恐怖の思いを必死に忘れようとした。 闇の中にくすぶる赤い炭火を見つめながらただ心臓だけが「ドキンドキン。」と早鳴りに脈打っていた。(兄ちゃーん助けて…。) だが何かが喉にふさがりその声はかすれてかき消された。 部屋に漂う恐ろしい霊気に取り囲まれてしまうと逃げ道を失った袋の鼠のように身動きが取れなくなった。もはや助けを呼ぶこともできずじっと耐えていたが次第に意識が薄れていった。まことは不思議な息苦しさの中でいつしか心地よい深い眠りの世界に入っていった。

 どの位の時間が過ぎたのだろうか・・まことは日なたで猫と遊んでいる夢を見ていた。その時外出していた何か胸騒ぎを感じて早めに帰って来た。家に着くなり二階から子供のうめき声がするのをかすかに聞いた。まことの声やろうか…?。婆ちゃんまことは何ばしよるっちゃろうか…?。」「…うーん?。」 はしゃいでいるのかもがいているのかわからない何か不思議なまこと声だった。

 
「たぶん…また猫と遊びよるっちゃろう。…どれあたいが、ちょっと見てこよう。」 ゼンがおそるおそる二階に上がって見たが布団が一枚あるだけで辺りはシーンと静まりかえっていた。 (あら…?おらん。) 孫が隠れていそうな布団を見つけ静かにめくってみると全身肌が桃色に染まって丸くなっている孫の姿を見つけた。

 
「まことー。」 何度も声をかけたが全く目を覚まさなかった。肩を軽く揺すった時まことの体は力無く崩れた。グッタリとなっている孫の異常さに気がつきゼンは咄嗟に抱えあげ近所に聞こえるような大きな声で叫び続けた。「まことー!。まことー!。…チカさん!。チカさーん!。」

 下で着替えていた
チカ取り乱したゼンの異常な叫び声に驚いた。(ハッ何か大変なことが起きた…。) 不吉な思いがよぎって着替えもそこそこにすぐ二階に上がっていった。

 
チカがやってくるや否や「ああっチカさん!。まことが死んだごとなっとるばい!。」まことを抱えたゼンが叫んだ。「えっ!」 チカは急いでまことの傍に近づいた。「どげんすんなー!。」 ゼンはオロオロとして叫んだ。

 
まこと!。まことー!。」 何度頬を叩いても全く反応がなかった。「婆ちゃん!。うちがすぐ病院に連れてゆきます」「ああそうな。」 ゼンまことチカの背に背負わせるとチカは大急ぎで階段を降りていった。

 その時
のりおは隣の部屋で勉強していたが襖ごしに聞こえるゼンチカのやりとりを聞いて何か急に怖くなって身動きがとれなくなってしまっていた。

 
チカが下に降りていった後(何事が起きたのか?。)確かめるために急いで追いかけ降りて来た。だがチカの背中でダラリと死んだようになったまこと姿を見るとみるみる血の気が引き青ざめた顔になった。ゼンのりおの様子からの事故にが関わったことを感じた。


 

 

 チカまことを背負って慌ただしく玄関から駆け出した。近くの橋に差し掛かった時突然海の方から冷たい風がピュウゥゥー…。」と強く吹きつけた。まことを包んでいた暖かい靄(もや)を一瞬に吹き散らすかのようにチカの背中を通り抜けていった。

 その冷気で
かすかにまことの意識が戻りの背中に背負われて何処かに向かっていることがぼんやりとわかった。体が冷えてゾクゾクと寒気を感じた途端急に激しい(けいれん)が起きて全身がガタガタと大きく震えた。(あっ生き返った!。この子はきっと助かる…。)

 
チカは背中から伝わる命の反応にひと安心した。わずかの時間息を吹き返したかに見えたが橋を通り過ぎるとすぐにまた意識が遠のいていった。首の据わらない赤ん坊のようにグラグラと頭が揺れるたびにうつろな半眼の目に映る家並みの景色は激しくぶれるカメラの映像のように揺れて通り過ぎていった。

 

前回の

体 験 講 座

ここまで。

  ポチよ泣かないで 
 
 一部分の紹介 つづく。 
 
 



後編 2

初 級 講 座

ここから



        妄 想


 ある日
のりおまことを自転車の荷台に乗せて山の田んぼに向かっていた。曲がりくねった上り坂の山道をしばらく自転車を押しながら登っていった。ようやく平坦な道に差し掛かった。「よし!まこと後に乗れ!。」勢い良くペダルをこぎだしてみるみるスピードが上がった。

 
まことは冷んやりとした木陰の道の心地良い風を感じていた。その途端はしゃいでバタつかせたまことの足が突然車輪の中に巻き込まれた。「痛い!。痛い!。止めてー!。」 急にペダルが重くなったので(変だな?。)と思っていたが大声で叫ぶの声に驚いてのりおは慌ててブレーキをかけた。

 

 


 靴が脱げ落ち
スポークに激しく何度も足を挟まれたまことの足はみるみる紫色に腫れ上がり鮮血が吹き出してきた。激痛で泣きじゃくるまこと「泣くな男だろー!。」を叱りながら新品のジャンパーのシルクの裏地を何度も引き裂いては足に巻いて手当した。その裏地の絹布の裂ける音が稲妻の音のように山に響いた。

 やがて
まことのりお背負われて登って来た。チカは心配そうにそのいきさつを聞いた。チカ「棚田の一番上の最も見晴らしの良い場所にまことを連れて行くように。」と促した。

 

 

 のりおその場所にむしろを敷いて怪我したを降ろした。「ここに座ってろな。」「うん。」 しばらくは稲作の仕事に忙しく働くのりおの姿を見降ろしながらまことは一人でぼんやりと過ごした。母の脱穀機のペダルを踏む音が絶え間なく聞こえていた。 

 
まことの傍に元気に跳ねてやってきた土蛙たちを見つけしばらくは飽きもせずにいつまでもうらやましく見ていた。やがてまこと暖かい日差しを浴びながら一人でとりとめのない空想にふけっていた。

 
大男の登る階段の棚田。草の絨毯。天からのひばりのさえずり。巨大な牛のような山。綿菓子の雲…。) そんな大自然の風景を見ながら何故か不思議な妄想が次々に浮かんでくるのだった。 

 山の時間は瞬く間に過ぎていった。陽が傾き
カラスが鳴きながら帰っていく。まことの心には何故か空虚なやるせない思いが漂って仕方が無かった。


 

 



      夜明け前

 まことは中学生になった。だが学校の授業に全くついていけなくなりどんなに努力しても機敏な動作が出来なくなった。精神も肉体も何一つ自分の思うようにならないもどかしさを感じるのだった。

 ただ新聞配達だけは自分の義務のように黙々と毎日続けていった。 いつも朝五時にはに起こされ眠い目をこすりながら降りて行くともう父は朝食を食べて出かける用意をしていた。「お早うー」まことは眠そうに言いながらそのまますぐ出ていった。

 


 


 冬の間は
川と道の境がわからないほど真っ暗であった。暗闇に目をこらしながら一軒一軒の家の戸のすき間に新聞を差し込んで配っていった。納骨堂のそばを通るまことをいつも忠霊塔が見下ろしていた。

 誰かに見られている
霊気を感じた。納骨堂の階段を通り過ぎようとする時いつも背中に何かがすがりついて来るような気配を感じた。まこと怖くなるとゾクッと身震いをしながら一目散に走って通りすぎた。この村の家々には戦死した遺影が玄関から見えた。

 配達に来た
まこと見下ろす遺影に目を合わせないように玄関から新聞を座敷の畳に投げこんだ。背を向けたその瞬間遺影から抜け出してすがりついてくる霊の気配を背中に感じると忌まわしいイメージを必死に打ち消して後も見ないで肩で霊をふり切るようにして次に向かっていた。

 まことが新聞を配っている頃父の乗った蒸気機関車が通り過ぎて行った。「シュシュシュシュ…」真っ白な煙りをモクモクと出して走る姿を見たくてその時に一番良く見える場所に行こうと急いで配るのだがいつも間に合わなかった。

 当時
「朝刊太郎」という歌が流行っていて雨の日などまことが傘をさして配達にやってくると朝早くから待ってるお婆さんがいて「今日はしろしかねー。毎日感心やねー」と言って優しく声をかけてくれるのだった。時々ミカンをくれたりして励ましてくれることがあって嬉しかった。






      暗黒時代 

 
 
まことは全く勉強をしなくなり成績は最下位になった。それでもゼンだけは親戚の人が来る度に昔取った「百点の答案用紙」を出して来てしきりに自慢した。まこと祖母に過去の自慢しかさせてあげられない事を申し訳なく思った。

 幼いころから仲の良かった友達も
幼稚な心を引きずったまま成長が止まったまこととは話が合わずだんだん離れていき仲間はずれにするようになった。 すっかり自まことを無くしてしまったまこと次第に言葉少なくなり自分の殻に閉じこもっていった。

 やがて無口になった
まこと同級生から愚鈍でおとなしい弱い人間と見られるようになりまるで奴隷のように色々な無理難題を命令されいじめられるようになった。 この時から極度の対人恐怖症と強い人間不まことに陥っていった。

 


 


 ある下校中
まことは同級生にいじめられながら帰って来た。家まで必死に逃げてきてハアハアと息を切らせてドアを閉めた。ゼンはただならぬ様子を見て不憫に思った。「まことーお前顔色が真っ青だぞ今にも泣きそうなまことの頬をそっと撫でて心配した。

 
(何故僕だけがこんなにもの覚えが悪く意志薄弱の落伍者になってしまったのだろうか?)まことは一人で悩み続け性格がどんどん暗く沈んでいった。(学校に適合しない自分は果たして生きている価値があるの?。僕はこれでも生きていると言えるの?)白痴のようになってしまったまこと自虐的になり自己卑下ばかりするようになった。

 この頃
のりおは東京に行ったまま何年も帰って来なかった。思春期の悩みを一番相談したい時頼り甲斐のあるのりおの姿はもう無かった。無気力の中学時代を終えようとする頃まこと「美術学校に行きたいに言った。

 
「ばってん絵では生活は出来んとよ」チカはきつく忠告した。そう言われるともう何を目指して進めばいいのか判らなくなった。自分の将来を決める意志を無くしただ母の希望する方向を言われるままに受け入れ工業高校の機械科に進むしかなかった。

 しかし
まことは鉄工所の仕事が嫌いだった。どう考えても未来に希望を持つ仕事ではなく気が重くなるだけであった。

 いじめられた心の傷を癒やせたかも知れない
「絵の道」を諦めたとき「自分の道」が全く判らなくなってしまった。白痴化した心は無味乾燥のまま枯れていった。まことの青春時代は希望の光を見い出せないまま暗い空虚な日々が繰り返されていくばかりだった。




       
孤  独


 
まことは高校一年生になった。 ある日まことが玄関の植木に水をやっていると小学校の担任だった末松先生があちらから歩いて来ていた。まことの姿に気が付くと「おーおー」と驚いて近寄って来た。まことも何か言おうとしたが(あ先生と言ったきり言葉を失った。

 
「おー今井くん懐かしいねー今どうしてるの?」まことはすっかり緊張して口ごもってしまっていた。その時先生の声に気がついてチカゼンも玄関に出て来て挨拶した。 「まことは今機械科に行っています」が代わりに答えた。末松先生は相変わらずおとなしいまことを見ながらせっかくの絵の才能が生かされない方向に進んでることを残念に思った。
 
 
まこと末松の小さい頃に似ていた。いつもおとなしく黙々と絵を描いていたまことを心にかけて特別に絵の指導をしたことがあった。(まことが元気が無いのはおそらく選んだ進路のせいだろうそう思うと何か可哀相になった。(ほんとにこの道でいいの?)まことをじっと見つめる先生の目はそう聞いていた。

 

 


 高校時代の三年間
まことは真面目に教室の席に座っていたものの冷たい鉄の話ばかりの講義などほとんど聞いていなかった。ぼんやりと窓の外を眺め空想ばかり追って過ごしていた。

 休み時間が来ても
机に顔を埋めて眠ったふりして時間が過ぎるのをただぼんやりして暮らした。(自分と話が合う友達なんか一人もいない

 まこと
の心は貝のように閉じていった。(たった一人でもいい言葉を交わさないでも心の通じ合う真実の友が欲しい叶わぬ夢と知りながらも見果てぬ幻想を描いていくようになった。 本来一番ひかり輝くはずの青春時代にまことだけが闇の中に置き去りにされた。

 
(いつの日か自分の心の闇を取り払って解放してくれる救世主のような存在が現れないだろうかいつしか誇大な妄想を待ち続けるようになり「救いの叫び」を胸に秘めた沈黙の日々が悶々と過ぎていった。



     
反復地獄


 
まことは疲れて帰って来る両親に心配をかけたくなくて家族の誰にも心の悩みを打ち明けることが出来なかった。「あいつは白痴か?」「あいつは何のために学校に来てるんだ・・?」

 
聞こえよがしにいろんな陰口を言われても心を石のように閉ざして黙々と学校に通った。この辺のふてぶてしさは新聞配達で鍛えられた忍耐強さがいつの間にか根づいていたのだろうか。

 授業時間
ぼんやりと先生の言葉を聞いていたが気になることを思いつくとその言葉を何回も繰り返して反復する病気は高校になっても治らなかった。一度この状態に入ると全てがその渦に巻き込まれ授業の内容が台無しになった。

 時間を浪費する反復地獄に入りそうな予感がした時
他のことを必死に考えて気持ちをそらす戦いを人知れず繰り返していた。だが結局その努力は一切無駄に終わるのだった。

 地理の時間だった。先生の講義をうわの空で聞きながら
何気なく地図帳を開いて見ていたがふと日本地図に目が止まった。 その姿は「産みの苦しみにもがく女性」の姿のように見えた。

 日本の地形が
意志を持った者によって造られた「美しい生き物」に見えた。(何故こんな不思議な形をしてるのだろう?)いつまでも見て考えていた。





      
英霊の塔


 
まことは完全に言葉を失った。人が近寄って来ても喉に何かがつまり声がかすれて話せなくなった。 自閉症強度対人恐怖症にかかり人前に出ると心の鎧を硬く着て構えた。 まこと自分の心が仮死状態になってしまったことについてうまく説明できずどうしても人に相談できなかった。

 人を傷つけ悩ませる自分の存在を感じ
苦悩のどん底に落とされていった。友人兄弟両親親戚全ての人がまことに近づくと理解できない沈黙の中で途端に苦しんでいくことを感じた。

 夏休みになって
親戚の人たちが家に遊びに来たがまことは全てに自まことを失い意志の疎通が完全に出来なくなっていた。(どうせ自分はみんなの邪魔者なんだみじめな気持ちになりその場に耐え切れなくなると裏山に逃げるようにして登っていった。


 丘の上には
「忠霊塔」がそびえ立っていた。 淋しくなるとまことはいつもここに来るのだった。塔の前面には殉死した若き兵士達の名前が刻まれた銅板がはめ込まれてあった。まこと叔父さんの名前を捜して指で撫でた。何故か不思議に心が安らぐのを感じた。

 この塔に来る度に
床の間に置いてあった寂しげな兵士の顔を思い浮かべながら「今井芳喜」という銅版の名前を指で撫でる癖がついてしまっていた。 いつの間にか叔父の名前の部分だけがひときわ光り輝くようになった。

 
まことそれからいつもスケッチブックを持って忠霊塔に登った。石碑の上に座りそこから見降ろす海岸の風景を描くふりをしながらいつまでもぼんやり時を過ごした。

 ある日
信子がそんなまことの姿を見つけて聞いた。まことあんたいつもぼんやり独りぽっちでいるけど充実した生活してるとね?。」「充実しているよ。」「うそー…。 信子まことの言葉の意味が理解できなかった。

(明日に道を聞かば夕べに死すとも可なり…。)

 

 

 (人間とは…?。人生とは…?。憎しみとは…?。罪とは何ですか…?。)まことは言葉を失ってから人間関係に悩み真夜中に一人この石碑の上に来て闇に向かって何度も尋ね求めていた。 (自分の身に起きた不可解な謎を解いてくれる「真理」に、もし出合うことが叶うならば家族友人そして大切な恋人までも全てを捨てても構いません。)

 
そのことを心の中で思った時まことはこの忠霊塔に漂う何か巨大な霊に包まれたような気がした。人生の意味を知ること無く若くして散っていった「無念の英霊の魂」とひとつに重なっていった瞬間だった。

 だが天はこのまことの願いをそう簡単には叶えてはくれなかった。やがて辿るであろう「光への道」の途上において悪なるものと善なるものを混ぜながら小出しに三段階で与えられていくとは想像もつかなかった。
 だが
まこと「世を惑わしながら現われて来る悪の存在の中から正しい真理だけを確実に選り分けてゆかなければならない。」という大切な使命が託されていたのだった。まことこの英霊と本当の意味で一体となるためには先人の通過して来た道をたった一人ですべて乗り越えてゆかなければならなかった。

 
(最近まことは殉死した芳喜にますます似て来たばい。)ゼンもの静かになったを見ながらふとそう思った。幼い頃からまこと時々芳喜に似たしぐさをすることがあった。

 まだ幼かった
まこと小学校から帰って来てゼンの姿を家中捜しまわったあげく長い時間をかけて遠い畑までやってきたことがあった。遠い昔の不思議な出来事を思い出していた。

  --------  回 想

 あの日まだ幼いまことは畑仕事をするゼンのそばで遊んでいた。 ゼンはいつも独り言を言う癖がついていた。 その日もまことのいることを忘れていつの間にか遠い昔の世界に戻って(ブツブツ…。)と独り言を言いながら畑仕事をしていた。

 
「ふーん。そうね。うんうーんそうたい…。」 傍で遊んでいたまことはゼンの話す声に(誰か来たのかな?。)と思って振り向いたが誰もいなかった。

 

 

 (婆ちゃんはいったい誰と話しているのだろう?。)不思議に思ってその相手を知ろうと耳をすまして聞いていた。独り言を言いながら畑仕事をしていたゼンが突然叫んだ。「芳喜ー!。」 まことは「うん!…。」と反射的に答えた。「ハッ?。」ゼンは飛び上がるばかりに驚いて振り向き放心したようにまことの顔をしばらく見つめた。

 
まことは自分を見つめるゼンの目に戸惑いと懐かしさが混じっているのを子供心に感じた。 やがてゼンは気まずそうにニッコリ笑うと何事もなくまた仕事を続けた。
(まことは
芳喜の生まれ代わりかも知れない。この子に何かが起こった時はおれが守ってあげなければ…。 まことも昔はゼンを自分の母親と勘違いしていた時期があった。幼い頃からゼンのしぼんだ乳房を吸って育ってきたのだった。

 ある日畑仕事をしているゼン天からの不思議な言葉が聞こえて来た。ゼンまこと芳喜と一緒になってやがて偉大な使命を果していくようになる…。)
 だが
ゼンこの閃きのような「啓示」の真の意味が分からなかった。

 それからしばらく経った。まことが忠霊塔で一人で座っているとゼンと信子が仲良く何か話しながら登って来た。「おおっまことここで遊びよるとね。」「うん…。ゼンまことがいつもよく一人で忠霊塔に座っているので不思議な気がした。

 

 

 「まことは将来立派な仕事をするとぞーねーっ。」ゼンは優しい目でまことをじっと見ながら突然信子に聞かせるように 妙なことを言いだした。だが信子の学校での様子を知っていた。信子の友達にまことと同じクラスの弟がいたのでまことが教室では白痴状態にあることを聞かされていたのだった。

 
「何ねまことは精神が弱いとよ!。」ゼンまことのことを悪く言う信子の言葉を遮り必死にかばった。「なん言いよるとか!。まことは立派な人間になるとぞ!。」「なんね婆ちゃんはまことが学校でみんなに何て言われよるか知っとるとね!。」「しゃあらしか!。お前なんかには判らんと!。」

 
たちまちゼン信子との激しい口喧嘩が始まった。「婆ちゃんはまことが学校でどんなふうに過ごしているか知らんっちゃろうが」「おお知らん知らん!。しゃあらしか!。これ以上言うなー。お前はー!。」とうとうゼンは怒って一人でさっさと降りて帰っていった。 まことそんなゼン信子の不可解な言動を黙ってただ見つめていた。





      
排他的人間


 やがて
まこと高校を卒業して博多の鉄工所に勤めるようになった。旋盤で鉄の部品を削る単調な仕事だった。毎日創造性を否定され機械の歯車の一部になることを要求された。ノルマは一日三百個だったがどう頑張っても二百個も削れはしなかった。

 
(生きてゆくための仕事は辛いものだ…。) ここでも皆の輪に入れず社会に適合しない自分に悩み続けた。仕事をしてる間はいいが孤立化する僅かな休憩時間がたまらなく苦痛だった。

 

 


 ある休憩時間
まことはいつものように旋盤の前にポツンと一人しゃがんでいた。 その時少し離れた旋盤工の一人が手招きしてストーブの方に来るように勧めた。一年前から寮に入って働いていた広田という若い青年だった。

 やがて彼の優しさに惹かれて寮に入り
その青年と相部屋になった。 社会に出て初めて出会った友人であった。寮の中でも皆に馴染めず孤立化していたまことを食堂に誘って「おにぎり」を一緒に作ったりやさしく輪の中に入るように導いてくれた。

 この青年は同じ年でありながらずいぶんと大人びていた。だが彼は高校を中退して革命思想に人生を捧げる決心をした若き「極左革命の青年幹部」だった。毎夜彼の話を聞いている内にだんだんと共産主義思想の洗脳を受け変わっていく自分の心が怖かったがまことは頼りがいのある友達を無くす方がもっと怖かった。

 

 


 皆が寝静まったある夜
広田が言った。「資本家の奴等は銃で倒すしかない…。」 でも資本家も人間だから良心に訴えればいつかは労働条件も改善してくれるんじゃないの…?。」 そうまことが言うと「その考えは甘いよ。そんなもんで世の中が変わるんだったら苦労はしないさ。」

 
広田乱暴に吐き捨てて盛んに中共の素晴しさを熱っぽく語った。「でも中国ってとても貧しいんじゃあないの?。」   まことやっと言うと広田は突然人が変わったように大声で怒り出した。

 
「あんたに何が判るんだ!。見て来たことがあんのか!。」 …。」 大声を出してしまった自分に驚いて黙るまことを見て少し反省したのか急にやさしい声で弁解した。「確かに今は貧しいかも知れんがみんなで力を合わせて国造りをして苦労しているんだよ。」

 
彼は冷静さを装ったがそれ以上まことに一言も反論を挟ませなかった。そのあまりの気性の激しさに気の弱いまことは素朴な次の質問の言葉を飲み込んでしまった。



      
闇夜の暴走


 そんなことがあって
まことは寮の部屋に帰って広田と顔を合わせることが何だかおっくうになった。仕事が終わるとそのまま汽車に乗って糸島の実家に向かった。裏口から突然現われたの久しぶりの帰宅にゼンは喜んだ。だがそれも束の間まことは裏の物置き小屋に置いていたバイクを持ち出してすぐいなくなった。

 
まことの脳裏にはゼンガッカリした姿がよぎったがとにかく今はバイクをぶっ飛ばしてみたかった。 そのまま乗って気がつくといつの間にか博多の方に二時間かけて戻って来ていた。 
 それから度々
そっと寮を抜け出しては闇夜の都会の中を風を切って走った。

 

 

 ある夜高速で飛ばしていた道に突然ポッカリと大きな穴が現われた。ハンドルを取られてしまい十メートルほどジャリ道を引きずられ激しく地面に叩きつけられた。
 しばらく気を失っていたが
やおら起き上がり震えながらバイクを立て直しよろめきながら寮に帰っていった。

 

 


 部屋に戻って鏡を覗くと全身血だらけの姿が写っていた。こんな真夜中だというのに
広田はどこか外に出かけていた。腰から大量の血が流れていた。(もう今日は遅い)まことは畳の上に厚めに新聞紙を敷き広げた新聞紙にくるまってそのまま寝た。

 翌朝いつものように仕事に出たが
出血し過ぎたせいでめまいがして気分が悪くなった。とうとう耐えきれなくなると早退を願い出て病院に行った。全治二週間の入院であった。


 

 

 日曜日になると連絡を受けた勝江が見舞いに来てくれた。それにふだんめったに外出しない出不精のまでが義足を引きずりながらまことのことを心配してわざわざ来てくれた。

 手すりにつかまりながら
義足の足で階段を一段一段と少しずつゆっくり上がって来るの姿が窓からチラッと見えた時まことの心が急に熱くなった。暖かいほのぼのとした親子の絆の情が湧いて来るのを初めて感じていた。父親に対してこんな思いを抱けたのはこの時が最初で最後だったかも知れない。抜粋

つづく
        
ポチよ泣かないで

  T 少年時代  おわり

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つづく  後編は次の講座 記入例   問合せ

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